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私のゴールドコースト一人旅
投稿者: 出口啓子(岐阜県海津市)


■すべてはバスの運転手のトイレ・タイムからはじまった

 娘のブリスベン留学にちゃっかりついて行った。
 そして、娘が大学に行っている間に私はブリスベンから一人、コーチというバスに乗ってゴールドコーストへ出かけることにした。好奇心旺盛なおばさんだからだ。

留学中の娘とツーショット

 バス停でひとり座っていると、この国の人ではないような夫婦連れが、なぜかバスの乗り方を私に聞いてきた。分かるわけがない!! ほかの人に聞いてよって感じで当惑する(私に英語で話す時はゆっくりと簡単な言葉でお願い。お決まり英語しかわかんないからさ)。

 バスは定刻より早く来た。運転手が何故かあたふたと降りてきた。私が乗ろうとすると運転手はトイレに行くからちょっと待っていろと言う。そうなのだ。私は少しばかり英語が話せて、相手の言っていることが何となく分かるから、なんでもチャレンジしたいという厄介なレベルなのである。

 私の後ではくだんの夫婦が運転手に何かを尋ねだし話がややこしいことになっていた。結局、運転手はトイレに行く時間がなくなり、あわてて発車した。私の不幸はここから始まった。
「サーファーズパラダイスに行きたいので往復切符ください。そしてそこの場所へたどり着いたら教えて下さい。」と私は言った。絶対言ったし、何回も念を押した。運転手は「分かった、分かった」という態度だった。

 バスの外に目をやると、ハイウエイを降り段々きれいな海と高いビルが建ち並ぶ、旅行誌でみたゴールドコーストの光景が広がってきた。これだわ!もうすぐかしら?と心が躍る。そして、どこかのバスストップに着くやいやな運転手はトイレにダッシュした。私はその光景を笑って見ていた。運転手は戻ってきて、またバスはどこかに向かい発車した。

 しばらくするとバスはタウンからはずれ、ひなびた田舎に入っていった。あれ、おかしいぞ?バスの運転手が気付く。
 「あんたなんでまだバスに居るんだ。目的地はもうとっくに過ぎた。ここで降りろ。そしてシティバスに乗ってもどれ」と冷たく、しかも早口でわめきたてた。何を言ってるのか、こちらはちんぷんかんぷん。全く分からない。


■怖くて惨めな田舎の町で途方に暮れる

 仕方がない。泣きそうな思いでバスを降りると、嵐のような雨が降っていてとても寒かった。気の毒に思ったのか、同乗していた優しいおばあさんが、親切にもバス停まで連れて行ってくれて、バスの運転手に私のことを話してくれた。でも不幸は続いた。

 といいうのも私は不安にかられ、それまでバスの中で沢山の人にあれこれと聞いてしまっていた。いつになっても着かないので不安で仕方なかったのだ。それが間違いだった。サーファーズパラダイスへ行くはずだったが、私が口走っていた目的地はサーフパラダイスになり、そしていつのまにかサーフポイントになっていた。もうすっかり私の天敵はOZイングリッシュになっていた。こちらの言っていることを全く理解してくれないし、相手の話す言葉が全然わからない。コミニケーション不通!! 

 そのうちトイレが我慢できなった。くだんの運転手にかわって今度は私の番だ。ちょっと怖い町に見えたが、このさい贅沢は言っていられない。トイレを探して歩いた。通りがかりの人に聞くと、近くにはないが海辺の公園ならあるという。探し回ること10分、15分。そしてついに見つけた。信じられないくらい恐ろしく怖いトイレだったが、意を決し命がけで中に入った。果たしてこのまま生きて帰れるんか!? マジやばいじゃないんかしら?

 何とかしよう、落ち着け落ちつけと心を励ます。トイレを終えてしばし思案が続く。
そういえば、お腹がすいた。とりあえず飢えを凌がなければ…。あそこにイタリアンレストランがある。よしまずはあそこに入ろう。

 食事が終わって、ひとまず心を落ち着ける。ウエイターの男の子に紙に書いてほしいと頼むと、親切にもちゃんと書いてくれた。目の前のバス停で2番のバスに乗りなさいといわれた。書いてもらえば、Aをアイと発音するOZイングリッシュだって間違えないぞとほっとする。ブリスベンに帰るバスは午後3時15分発だ。この朝10時にはサーファーズパラダイスに着く予定だったものが、すでに2時を回っている。このまま帰りのバスに乗れなかったらどうしよう? また不安がよぎる。不運なことは重なる。私はその日の朝、娘にホストの住所が書いてある紙をうっかり渡してしまっていた。パニックってはダメだと、心励ますものの、私はどこの家にお世話になっているのだろうか?


■これでサーファーズパラダイスの"迷ガイド"に

ホストファミリー一家と私達夫婦

 とにかくまずはサーファーズパラダイスに戻ろう。自分に言い聞かせながら、私はバス停に戻った。心細さが募り涙が出てきた。おもっきり泣いた。待っても、待ってもバスは来ない。

 そしてとうとうバスが来た。果たして乗り継ぎのバスの時間に間に合うのだろうか? いったい私の目的地はどこ? 
 そしてやがて、最初に行くはずだった目印のCAFEがみえた。運転手もちゃんと教えてくれた。ここよ、ここよ! すでに午後2時半を回っていた。私はまっしぐらにバスターミナルに向かった。たくさんお店があったが目に入らなかった。ただひたすら帰ることだけを考えていた。娘の顔が浮かんだ。会えるだろうか。日本に帰れるだろうか?

 娘のホームスティ先をちゃんと聞いておけばよかった。今回はほんと無防備だった。何も分からないのに、ぶらっと気の向くままに来てしまった。反省することしきだ。
 絶対に戻らなきゃ! 「帰りの切符」を見せてここでいいのか聞いた。すると「これは往路だけの切符だ」というではないか。リターン切符じゃないのか!。行きに乗ったバスの運転手に、つくづく腹がたった。

 帰りのバスは「コーチ」というバスで、行きと同じなのだが、なぜか行きと違いいろんな場所で止まった。あいつはきっとトイレに一刻も早く入りたいために、どこにも寄らなかったのではないか? それがそもそものトラブルの素ではないのか? 私の疑いはいつまでも消えなかった。

 そしてバスは少し遅れてショッピングセンターに着いた。バス停で娘が待っていてくれた。無事帰還。全身から力が抜けた。
 「楽しんできた?」なんて聞かれたが、アクシデントの一部始終を報告。一日中バスに乗ってたおかげでゴールドコーストのガイドになれる資格十分だと、大笑いで閉めた。やれやれ…。

 そして次の年、夫とふたりで再び娘を訪ねてゴールドコーストに行った。今回はバスではなくレンタカーを借りてゴールドコーストをドライブすることにした。私はもうゴールドコーストで絶対に迷わなかった。ゴールドコーストすべての道を覚えていたのだから…。