5月の旅人
南極に足を運ぶこと通算14回。
一回の旅が軽く数百万円もした20年前と比べ最近では南極旅行もすっかり一般旅行のひとつとなったが、仕事がらみとはいえこれだけ南極にとりつかれた人も珍しい。日本は勿論恐らく世界でも有数の南極旅行の経験者である。
何故それほどまでに南極旅行に魅せられることになったのか?−−−−。
無垢のまま地球上に残された大自然の素晴らしさやカメラマンとしての職業上の理由に加え、もう一つある人との強烈な出会いがあった。
「米国にリンドブラッド社という極地旅行や秘境ツアーを専門にする旅行社があって、そこのリンドブラッド社長の旅づくりは中途半端ではない。南極の観光旅行を実現するため自ら砕氷船の建造をしたり、アマゾンの奥地旅行用にボーテルといってホテルと船を一緒にした特殊な船を造るなど、それこそ不可能を可能にしてしまう強烈な個性の持ち主だが、それでいて偉ぶらず奢らず人間や自然にとっても優しい。1週間の旅を企画するために1カ月を費やし、2週間の旅だったら2カ月かけて現地調査を徹底的に行った上で、お客さんを案内する。ガイドブックと安い航空運賃やホテルを材料に机の上だけで安易にツアーづくりをしている大半の旅行会社と、考え方も実行力も根本的に違う」
つまり、初めての南極旅行を機にリンドブラッド氏にぞっこん惚れ込んでしまったのが南極に入れあげることになった、最も大きな理由のひとつというわけだ。
以来、リンドブラッド氏企画、ニールソン船長の運行といえば何をおいても南極に飛び、同社の旅行に参加して北極やサハラ砂漠縦断行など、カメラマンとして時には旅行者として極地旅行や特殊な旅を続けてきた。
本誌「旅コム」に掲載している「南極・白い大陸への旅」はその一部である。
戦後、学齢の途中で国民学校から新制の小学校へ切り替えをまともに体験することになった「ひろし」少年は、昨日まで使っていた教科書が意味が判読できないほど真っ黒に墨で塗りつぶされのをみて、真実を伝えるのは写真の世界だと、カメラをもったジャーナリストになることを心に誓う。
早稲田高等学院から早稲田大学法学部に学び、朝日新聞でアルバイトをしていたこともあって同社の入社試験を受けるが、折からテレビ朝日の前身であるNETが放送開始をしたこともあって、志望を切り変えテレビ局に入ることになる。
「ニュースの制作部門に配属されて、初期の頃のTVだから若いのに特番まで任せられて面白くてしょうがなかったから、それこそ不眠不休で夢中になって働いた。正にその3年間は青春の完全燃焼だった」。
しかし、無理がたたって胸を患い入院、と同時に一番の理解者だった父親が他界してそれまでの人生観が大きく変わることになる。戻った職場が、闘病生活のブランクもあって自分にとっては全くの窓際仕事。次ぎ次ぎと瞬時に消えて行く電波の世界のむなしさや組織の冷たさに嫌気がさして、テレビ局を退社、コツコツと溜めた小遣いを胸に初めての海外旅行に飛び立つことになる。東京オリンピックが開かれ、海外観光旅行が自由化された年だった。
「ヨーロッパの町々からアジアまで、それこそ地を這うように旅を重ねた。言葉はからきしダメ。言葉が通じないことの悔しさや不便をつくづく体験したが、それだけに一方では懸命になって人の話を聞き、自分を伝えようとするから、表面的に流されない他人との付き合い方やいたわり、温かさにも遭遇した。心と心の対話なんだ」。
南極のペンギンに話しかけ、大自然の放射するエネルギーに耳を傾ける。カメラをもって世界を飛び回りながら、心で語りかけることを学んだのも、言葉が出来なかったことで掴んだプラス面である。
「甲板に出て真っ青な南極海に浮かぶ氷のギャラリーを眺めながら、コップに南極の氷をひとかけら入れて水割りを飲む。コップを耳元に持っていくとピチピチと水泡がはじけ何千年、何万年前に封印された南極の空気が、静かに話しかけてくれる」それがたまらない南極の魅力でもあるという。
「言葉が出来ないと一生懸命に聞く。そして話す。ひとつひとつ自ら検証しながら人に感激を与える旅づくりは何かを常に考え、実践してきながら、それでいて奢らずいつもお客や友達と目線を合わせながら生きてきたリンドブラッド氏の生き様と、どこかで符合するのかも知れない」それだけに池田さんの中途半端さに対する視線は強烈である。
「競争の激しい現代にあって今更職人芸でもないと言われるかも知れないが、価格だけが勝負の旅づくりは本当に情けない。旅行会社にもっともっと信念を持って頑張ってもらいたいが、われわれお客の方も旅行社任せではなく、何が本物なのか勉強する必要がある。先日、沖縄で開催された『エコツーリズム推進協議会』の設立記念シンポジウムに参加して、日本にもようやくこういう時代が来るようになったと感激した。環境と観光の調和をどう図るかは人類共通の問題として、何とかしなければならないと早くから切磋扼腕してきているので、本当に嬉しい。旅行会社も旅行者も一緒になって、いい旅とは何かを考え突き詰めて行けば、そのことが地球に優しい旅づくりにつながる」
「そのためにも、たとえば旅行会社が極地旅行や秘境ツアーに旅行者を案内できるエクスペディション・リーダーづくりを進めて欲しい。単なる観光地ガイドではなく地質学、動植物学の知識から人間を扱う心理学、そしていざという時のサバイバル法まで身につけ地球というこの素晴らしい星を体験し環境保護の大切さを、お客と共に学べれば旅行会社の社会的地位も上がるはず」自ら旅行会社の経営にも関わってきただけに、ついつい旅行会社への辛口の注文が飛び出す。
カメラマンであると同時に「いい旅づくり」の伝道師でもある。
今年10月末には、南極に生息するアデリーペンギンとは違う別の種を求め、南アフリカ、ニュージーランド、そしてガラパゴスと振幅の大きな旅をする。
「ペンギンは赤道以南にしか生息しない。その18種のペンギンを求めて旅してみようという企画です。残念ながらこれも米国の旅行会社のツアーですが、、、、」
日本語の世界だけで、本物の旅が堪能できるようになるにはまだまだ時間がかかる。言葉の不自由さと格闘しながらの池田さんの地球旅行はまだまだ当面続きそうである。
文:高梨 洋一郎